大阪地方裁判所 平成3年(ソ)2号 決定 1991年5月14日
申立人 国
代理人 佐々木達夫 森口節生
相手方 大井正起
主文
一 原決定を取り消す。
二 本件を生野簡易裁判所に差し戻す。
理由
一 本件抗告の趣旨及び理由の要旨は、申立人は、平成三年二月二五日、生野簡易裁判所に対し、起訴前の和解の申立てをしたところ(平成三年(イ)第一号損害賠償和解申立事件)、同裁判所は、同年三月一五日、民事訴訟法三五六条所定の民事上の争いがあるとは認められないとして、これを却下する旨の決定をしたものであるが、右申立は同条所定の要件を具備しているものであり、原決定は法令の解釈を誤った違法があるから、その取消しを求めるというにある。
二 一件記録によれば、本件抗告に至る経緯は次のとおりである。
1 申立人と相手方との間には、申立人が自動車損害賠償保障法七六条一項に基づき取得した損害賠償債権に関し、昭和六〇年一二月二三日、原裁判所において、次のとおり起訴前の和解(昭和六〇年(イ)第二五号、以下「原和解」という。)が成立した。
(一) 相手方は、申立人に対し、損害賠償金残額四八万一二六七円、延滞金残額六八五六円及び右損害賠償金残額に対する昭和六〇年一二月二四日から支払済みまで年八・二五パーセントの割合による延納利息の支払義務があることを認める。
(二) 相手方は、申立人に対し、前項の金員を昭和六一年一月から平成二年一〇月まで毎月末日限り五〇〇〇円ずつ、同年一一月末日限り残額を支払う。
2 相手方は、原和解に基づき、申立人に対し、平成二年一〇月末日までに合計二九万円の支払をしたが、右損害賠償金の元本三七万一五六四円及びこれに対する同年一一月一日から支払済みまで年八・二五パーセントの割合による延納利息金を弁済していない。
3 申立人が相手方に対し、右残債務の履行を求めたところ、相手方は、これを一時に弁済することが困難であるとして、再度の履行延期及び分割弁済を求めた。これに対し、申立人は、履行延期及び支払方法等の点で譲歩する意思があるが、履行方法等の内容を変更することになれば、変更後の内容については原和解の効力が及ばず、将来、変更された内容に関して紛争が生ずるおそれがあり、これを未然に防止する必要があるとして、平成三年二月二五日、原裁判所に対し、本件和解の申立てをした。
4 ところが、原裁判所は、平成三年三月一五日、前記理由により、本件和解申立を却下する旨の決定をなし、右決定は、同月一九日、申立人に送達された。
三1 原決定の理由とするところは、当事者間に民事上の争いがあるとは認められないというにあるが、民事訴訟法三五六条に規定される起訴前の和解は、将来における訴訟防止を主たる目的とするものであり、その要件である民事上の争いも、和解申立当時に将来紛争の発生する可能性が予測できる場合であれば足りると解すべきである。
そして、前記二のような事実経過に照らすと、申立人と相手方との間において、原和解に定められた履行期限を再度延長し、支払条件等を変更する旨の新たな合意が形成されたとしても、それは起訴前の和解のような効力を有しないことから、将来、申立人と相手方との間で、右の合意を巡る紛争が生じる可能性が十分に予測できるところである。
したがって、本件においては、民事訴訟法三五六条一項にいう、民事上の争いがあるものといって差し支えない。
2 もっとも、本件では、申立人は、原和解により債務名義を取得しているが、原和解において、毎月五〇〇〇円ずつの少額の分割弁済を合意しながら、最終回に多額の支払約束をしたのは、国の債権の管理等に関する法律二五条により履行期限の延期の特約の期間が原則として五年以内に限定されているためであると考えられるのであり、このような経緯からすると、残債権について、新たな履行期限等に関する特約をなし、起訴前の和解の申立てをすることは、同法二五条但書及び二八条の規定の趣旨にも沿うものである。
また、当事者間において新たな履行期限、支払条件の合意がなされれば、既に存在する債務名義との間に食い違いができ、新たな合意に基づく強制執行ができないという不都合が生じることになる。
そうだとすれば、債務名義が既に存在することが、再度の起訴前の和解の申立てを不適法とする理由にはならないと解すべきである。
3 したがって、申立人は、相手方との間で、適法に民事訴訟法三五六条の起訴前の和解の申立てをすることができる。
四 以上のとおり、本件抗告は理由があり、本件和解の申立てを不適法として却下した原決定は相当でないからこれを取り消し、本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判官 井筒宏成 小佐田潔 坪井昌造)